聖霊の満たしを現実に体験し、瞬間、瞬間、その恵み深いご支配の中で生活しているクリスチャンにとっては、その毎日が、有意義で素晴らしいものとなります。
イエス様は、3年もの間、弟子たちと生活を共にし、旅をし、働き、親しく語り合いました。しかし、ある晩、突然彼は、自分がまもなく死ぬことを予告されたのです。弟子たちは皆、それを聞いて愕然としてしまいました。
弟子の立場になって考えてみましょう。もしあなたが弟子だったら、どのように感じたでしょうか。気が動転し、落胆、絶望したでしょうか。きっと弟子たちも同じように感じたに違いありません。
「私が父なる神のもとへ行くことで、助け主があなた方に遣わされる。
この方はあなた方の内に住み、いつもあなた方と共にいてくださる。」(ヨハネ14:16)
この「助け主」こそが聖霊です。イエス様が言われたこの聖霊が、弟子たちの内に内住されるということは、驚くべき真理です。単に内に住まわれるだけではなく、聖霊が永遠に彼らと共におられるというのです。このことはどれほど弟子たちを勇気づけ、励ましたことでしょう。
信じた人々の内に神ご自身が実際に来られ、住んでくださるというのです。
このようなわけで、弟子たちはイエス様の品性をまねて、命じられた使命を果たすのに、自分自身の力だけでがんばらねばならないといった不可能なわざに直面する必要はなくなったのです。それどころか、内住する聖霊によって、キリストご自身の生命、品性、権威、そして力が、弟子たち一人一人の生活と個性の中に現わされていくのです。
それから二十世紀を経た現在でも、このキリストの約束が真実であることに変わりはありません。イエス様のような生涯を送りたいと願う人々にとって、これは希望をもたらす素晴らしい知らせです。努力そのものは尊いにせよ、自分の力だけで、彼のような生涯を送ることは到底不可能であることは明らかだからです。そのような生涯を送ることができるのは、イエス・キリストご自身をおいて他にはありません。
このことは聖書が私たちに伝えようとしているクリスチャン生活の極めて重要な部分です。
クリスチャン生活は、到達不可能な生活基準を押し付けられ、挫折感と欲求不満だけ結果として残るというようなものではありません。それは、これらの基準を完全に達成することのできた唯一のお方が、私たちの内に住んでくださり、私たちを通してその生き方を現実のものとしてくださるというものです。キリストが一度、その人の人生に入ってこられたら、その人には素晴らしい特権が与えられました。すなわち、キリストがその人の内に住み、その肉体を通して、ご自身を現わしてくださるという特権です。そしてこれは、全てのクリスチャンに提供されています。
しかし、誰もが疑問に思うことは、この復活のキリストの命をいったいどうしたら体験できるのかということです。以下、そのことについて学んでみましょう。
「御霊に満たされたクリスチャンの喜びの生活」という小冊子を開いてください。先に進む前に、ここでその小冊子を一度、最初から最後まで、読み通してください。その後で、以下の質問に答えてみてください。
復習のための質問
1.肉に属するクリスチャンは誰に頼っていますか。(P.6)
2.御霊に属するクリスチャンは誰に頼っていますか。(P.5)
(注)自分の罪を告白することを拒みつづけることで、御霊に属するクリスチャンも肉に属するクリスチャンとなってしまいます。
3.霊的呼吸の二つの要素は何ですか。(P.15)
@
A
4.霊的に「息を吐く」ことに含まれる三つのことは何ですか。(P.15)
・
6.どのようにして私たちは聖霊に満たされるのでしょうか。(P.10)
7.聖霊の満たしに関する神の命令と約束とは何ですか。(P.11)
**真の告白には、次の三つのことが含まれます。
1.同意すること
自分の罪を認め、それが良くないことであり、神を悲しませているという事実に同意します。
2.感謝すること
キリストが自分の罪の身代わりに十字架で死んでくださったので、神はその罪をも完全に赦してくださることを感謝します。
3.考えを変えること(悔い改め)
聖霊(第三課で学びます)に自分の罪に対する考え方や心の態度を変えていただきます。結果として私たちの行動も変えられてきます。
クリスチャンが罪を犯し、自己中心の生活に再び陥ったときは、すぐにその罪を告白する必要があります。そうすれば、神との交わりは回復します。このことは十分理解しておく必要があります。
罪Tヨハネ1:9を読んでみましょう。
私たちは自分の罪をどうするべきと書かれていますか?
Email Address
送信前に内容を確認